特別受益とは|特別受益者が認めない場合の対処法も解説
「父の生前に、兄弟が父からマイホーム購入資金の援助を受けていたにもかかわらず、今回さらに遺産を受け取れるなんて不公平ではないか」
「母が妹の大学の学費を出していたが、私は出してもらっていない。母の遺産を妹と平等に分割するのは不満だ」 このように、被相続人から相続人の中の特定の人物に対して多額の財産贈与があったことがわかっている場合、法定相続分通りに遺産分割すると、特定の人物だけが得をするような不公平感を拭えないものです。
そんな不公平な相続を解決するための方法として「特別受益」というものがあると知り、どのようなものか詳しく知るために調べている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、特別受益とはどのようなものか、特別受益がある場合の遺産分割方法、特別受益とみなされるケース、特別受益者が認めない場合の対処法などについて解説します。
特別受益とは
特定の相続人が、被相続人から贈与を受けて多額の財産を得た場合、その贈与を特別受益として扱うことで不平等を解消できることがあります。
特別受益であることが認められると、その分を相続財産に含め直してから再分割することで各人の取り分を平等にできるのです。
ただし、特別受益とみなされるのは相続人に対する贈与のみです。相続人以外に対する贈与であれば、それがどんなに高額でも特別受益とはみなされません。
例えば、被相続人が父親で、相続人が長男と次男の二人である場合、父親から長男に生前贈与があれば特別受益となり得ます。
しかし、長男の子、すなわち被相続人の孫に対して生前贈与があっても、孫は相続人ではないため、特別受益にはならないのです。
特別受益がある場合の遺産分割方法
遺産分割において特別受益はどのように扱えばよいのでしょうか。
1.特別受益分を相続財産に持ち戻す
特別受益がある場合の各相続人の相続額は、特別受益分を相続財産に含め直してから、相続人の数で分割する方法で求めることになります。 この特別受益分を相続財産に含め直すことを「持ち戻し」といいます。 持ち戻しは計算のために数字上で行うものであり、実際に返金する必要はありません。
2.特別受益がある場合の計算方法
特別受益がある場合、各相続人の相続額は以下の手順で計算します。
- ①特別受益の確定
- ②相続財産に特別受益を加算してみなし相続財産を確定
- ③みなし相続財産を法定相続分に従って分配
- ④分配される相続財産から特別受益を差し引いて特別受益者の取り分を求める
①例1:シンプルな事例
例として、被相続人は父親、相続人が長男と次男の二人で、相続財産5000万円を遺産分割するとし、さらに次男が8年前に被相続人から大学院進学の学費として1000万円の贈与を受けていた場合を考えてみます。
- ①父親から次男に贈与された1000万円が特別受益です。
- ②この場合のみなし相続財産は、相続財産5000万円+特別受益1000万円=6000万円となります。
- ③相続人は長男と次男の2人なので、みなし相続財産を法定相続分通りに分配すると、6000万円÷2=3000万円ずつということになります。
従って、贈与を受けていない長男の取り分は3000万円となります。 - ④一方、特別受益者である次男の取り分は、相続財産3000万円-特別受益分1000万円=2000万円となります。
②例2:特別受益者分の分配額がマイナスになる事例
次に、被相続人が父親で、相続人は長男と次男の二人、相続財産が4000万円で、長男が3年前に被相続人からマイホーム購入資金として5000万円の贈与を受けていた場合を考えてみましょう。
- ①父親から長男に贈与された5000万円が特別受益です。
- ②この場合のみなし相続財産は、相続財産4000万円+特別受益5000万円=9000万円となります。
- ③相続人は長男と次男の2人なので、みなし相続財産を法定相続分通りに分配すると、9000万円÷2=4500万円ずつということになります。しかし、実際には4000万円しか手元にありません。
- ④さらに、特別受益者である長男の取り分を通常どおり計算すると、相続財産4500万円-特別受益分5000万円=-500万円となります。
この場合、長男が次男に500万円を支払う必要はなく、4000万円についての長男の取り分は0円、次男が4000万円全額を取得することで解決とされます。
特別受益とみなされるケース
民法第903条には、以下の場合に特別受益とみなすと定められています。
“共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるとき”
特別受益とみなされるケースについて、具体的に説明します。
1.遺贈を受けた場合とは
上記の条文中にある「遺贈」とは、遺言によって財産を受け取ることを指します。つまり、被相続人が遺言を残しており、その中に、ある財産を特定の相続人に譲るなどの記載があった場合は、その分は特別受益として持ち戻した上で分割することになります。
2.婚姻のために贈与を受けた場合とは
婚姻のために贈与があった場合とは、婚姻の持参金や支度金の贈与があった場合のことです。
婚姻にかかる費用としては結納金や挙式費用もありますが、これらは特別受益とみなされることはほとんどありません。現在では、挙式費用などは自分たちで負担する人も少なくないかもしれませんが、昔は親が負担すべきものという風習があったため、それに則り、法律上は贈与とはみなさないためです。
3.養子縁組のために贈与を受けた場合とは
養子縁組の際に贈与があった場合も特別受益に該当します。
具体的には、養子縁組をする際に、実親から持参金の贈与があった場合や、養子として迎え入れた側の養親が不動産を贈与した場合などが挙げられるでしょう。
4.生計の資本として贈与を受けた場合とは
独立して扶養から外れている子に対して、生活の基盤となるもののために多額の贈与があった場合も特別受益とされます。
具体的には、住宅購入資金の援助や家業を継ぐ子への事業資金の援助などが該当します。
5.多額の生命保険金を受け取った場合
被相続人の死亡に際して受け取る生命保険金は、原則として特別受益とはみなされません。保険金は保険会社から受取人に支払われるものであり、受取人の財産とみなされるためです。
ただし、保険金の金額があまりに多額な場合や、遺産総額に対する金額の割合が大き過ぎる場合は、受取人だけ多額の財産を得ることとなり不公平が生じるため、特別受益とみなされることもあります。
特別受益者が認めない場合の対処法
ここまでお読みいただき、特別受益者がいても、そのことを指摘すれば、スムーズに平等な遺産分割が実現するだろうと思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際は贈与を受けた本人が認めないケースが多いです。
そのような場合、特別受益があったことを認めるようむやみに迫っても、本人は容易に認めず、トラブルに発展しかねません。有力な証拠を準備した上で、冷静に主張して認めてもらう、または遺留分を請求することにより解決を図るとよいでしょう。
贈与を受けた本人が特別受益であることを認めない場合の対処法を具体的に説明します。
1.客観的な証拠を示して特別受益であることを認めさせる
まずは客観的証拠を効果的に用いながら、特別受益であることを認めてもらえるよう試みるとよいでしょう。その際、具体的な金額がわかる資料を証拠として示せば、本人も認めざるを得なくなり、効果的です。
現金を贈与されている場合は、被相続人名義の預金通帳の該当ページにより贈与された金額を明示できます。また、不動産の贈与があった場合は、全部事項証明書、固定資産評価証明書、路線価図などを取得すれば、贈与を受けた金額の根拠として示せます。
しかし、有力な証拠となる資料が見つからない場合や、証拠を示しても特別受遺者が認めない場合もあるものです。当事者同士での遺産分割協議が難航し、解決の目処が立たない場合は、裁判所に遺産分割調停を申し立てることを検討するとよいでしょう。
遺産分割調停では、調停委員を交えて話し合いをすることで、相続人全員が納得できるような遺産分割内容となるよう導いてもらえます。
しかし、調停を申し立てたからといって、必ず解決するわけではありません。全員が納得せず、調停不成立となれば、審判手続きに移行し、裁判所が遺産分割内容を決めることになります。
2.遺留分請求で最低限の相続額を受領する
他の相続人が取得できる財産が、特別受益者の取得分に比べてあまりにも少なく、明らかに不公平な場合、遺留分を請求するのも一つの方法です。
遺留分とは、被相続人の兄弟姉妹以外の相続人に対して保障される最低限の遺産取得割合のことをいいます。遺留分よりも少ない額しか遺産を取得できなかった相続人は、遺留分侵害額請求をすることで遺留分に相当する金額の支払いを受けることができます。
ただし、遺留分侵害額請求の対象となる特別受益には限りがあり、相続開始前10年以内に行われた贈与に対してしか請求できません。
特別受益についてよくある質問と回答
実際に遺産分割を行う場面において、様々な疑問が浮かぶこともあるかと思います。特別受益について特によくある質問に回答したいと思います。
1.他に相続人がいない場合は?
相続人が特別受益を受けた本人のみである場合は、特別受益として贈与を受けた分は問題になりません。特別受益を含めた被相続人の全ての財産を受け取れます。
2.特別受益者が相続放棄した場合は?
特別受益とは相続人に対する贈与があった場合にのみ問題となるものです。
相続放棄をすれば、その時点で相続人ではなくなるため、被相続人が生前に財産を贈与していたとしても特別受益とはみなされません。
3.相続財産がマイナス場合は?
被相続人の相続財産が、預金や不動産などのプラスの財産よりも借金などのマイナスの財産が多い場合、特別受益は問題になりません。
特別受益は遺産分割における不平等を解消するためのものです。そのため、マイナスの財産がプラスの財産を超過する場合は適用の対象とならないのです。
また、マイナスの財産の方が大幅に多い場合は、相続放棄を選択される方が多いです。相続放棄した場合は、前述した通り、特別受益は問題とならないため考慮する必要もありません。
4.遺言書に持ち戻し免除の旨が記載されていた場合は?
被相続人が作成した遺言書に持ち戻しを免除する旨の記載があった場合は、特別受益を相続財産に持ち戻して遺産分割を行う必要はありません。
ただし、他の相続人から遺留分を請求された場合は、相続開始から10年以内に贈与を受けた特別受益は対象となります。
5.他の相続人が請求しない場合は?
他の相続人が、特別受益があったことを不平等だと捉えず、持ち戻しも請求しない場合、特別受益を考慮する必要はありません。この場合、特別受益を持ち戻すことなく、遺産分割協議を進めることができます。
6.特別受益に時効はありますか?
特別受益には時効という概念はありません。そのため、贈与を受けたのがどれほど昔であっても、遺産分割協議の際には特別受益があったとして、その分の金額を考慮します。
ただし、遺留分を請求する際には、相続開始前10年以内の特別受益に対してしか請求できませんので注意しましょう。
まとめ
今回は、特別受益とはどのようなものか、特別受益がある場合の遺産分割方法、特別受益とみなされるケース、特別受益者が認めない場合の対処法などについて解説しました。
特別受益は、遺産分割における不平等をなくすための制度です。しかし、特別受益者が特別受益を受けたことを認めない場合も多い上、特別受益にあたるかどうかの判断が難しいケースもあり、揉め事になることも少なくありません。
特別受益を巡り相続人同士で揉めそうな場合は、遺産相続に精通した法律の専門家に相談することをおすすめします。専門家に相談して適切に導いてもらうことは、誰もが納得する遺産分割の実現だけではなく、相続人同士の良好な関係を維持することにもつながります。
遺産分割の方法について