認知症の相続人がいる場合の遺産分割|状況別の対処法を解説

「認知症の相続人がいる場合、遺産分割協議はどのように進めればよいのだろうか」
「認知症の相続人抜きで遺産分割協議を進めてもよいのだろうか」
このように悩み、遺産分割協議をなかなか始められないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

遺産分割協議はどんな場合でも相続人全員で行う必要のあるものです。認知症で判断力に問題があるとしても、その相続人抜きで進めることはできません

しかし、判断力に問題がある方は、まともに意見をすることができず、協議に参加することは難しいものでしょう。

認知症の方が遺産分割協議に参加しなくてはならない場合は、一般的には、成年後見人制度が利用されます。ただし、成年後見人制度はデメリットも大きい制度なので、制度についてしっかり理解した上で利用することが大切です。

今回は、相続人に認知症の人がいる場合の対処法、法定後見制度を利用するデメリット、成年後見の申立方法などについて解説します。

 

遺産分割協議は認知症の相続人抜きでは行えない

相続人の中に認知症の人がいるからといって、その人を抜きにして遺産分割協議をすることはできません。遺産分割は、 原則として相続人全員で行わなければ、その遺産分割は無効となるからです。

 

1.署名を代筆した遺産分割協議書は無効

相続人の中に認知症の人がいても、協議は他の相続人で行い、最後に必要な遺産分割協議書への署名は誰かが代筆すれば問題ないのではないかと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、これはおすすめできません。

代筆については体が不自由な場合など、本人が自著することが極めて難しいという場合には認められることもありますが、本人がその内容をよく理解し、納得していることが求められます。認知症により理解力も判断能力も不十分である場合は、代筆をしても本人の同意なく勝手に進めたとして無効となるでしょう。

そうはいっても親族の事情をよく知らない人にはバレないのではないかと思われるかもしれません。しかし、相続財産を処分する際にバレる可能性は意外と高いです。また、将来、トラブルが発生する可能性もあります。 認知症を患っている相続人がいる場合は、相応の対処をして進めた方がよいでしょう。

 

2.他の相続人が勝手に手続きを進めることはできない

認知症の相続人は何も理解できないからという理由で、他の相続人が勝手に相続手続きを進めようとしても、簡単には進められません。

例えば、相続人のうちの一人が代表として銀行の窓口へ手続きに訪れると、遺産分割協議書の提示を求められる上、他の相続人について詳しく確認されることになるでしょう。特に金融機関などでは相続人の中に高齢者がいる場合は、健康状態を尋ねられたり、場合によっては本人に電話をして状態や遺産分割内容について確認したりすることもあります。他の相続人が勝手に相続手続きを進めようとしても、どこかで妨げられることは非常に多いのです。

 

相続人に認知症の人がいる場合の対処法

では認知症の相続人がいる場合、どのように対処すればよいのでしょうか。状況別の対処法をご紹介します。

 

1.遺言があれば問題ない

最も望ましいのは被相続人の遺言が残されていることです。遺言にどの財産を誰に相続させるかという内容があれば、その通りに遺産を相続するだけなので遺産分割協議をする必要がありません。
この場合は、相続人の中に認知症の人がいたとしても問題にならないのです。

 

2.判断能力があれば遺産分割協議は可能

認知症の症状や進行度は、人によってさまざまです。認知症を発症していても判断能力は衰えていない場合は、遺産分割協議に参加することができます

遺産分割協議に参加できる程度の理解力と判断力があるかは医師の診断に従いましょう。
遺産分割協議に参加可能と診断された場合は、念のため診断書を取得しておくと安心です。診断書があれば、万一、後になって遺産分割に関するトラブルが起きた場合に証拠として役立ちます。

 

3.判断能力がない場合は成年後見制度の利用を検討する

認知症を患い、既に判断能力がない場合は、成年後見制度を利用して後見人を選任し、後見人に代理人となってもらい遺産分割協議を進めることになります。
成年後見制度とは、判断能力が十分にない人を保護するために、本人に代わって後見人が財産管理や契約関係の事柄を行う制度です。

 

成年後見制度には、2種類の制度があります。

一つは法定後見制度で、既に判断能力が不十分な人の後見人になる制度です。もう一つは任意後見制度で、現在はまだ判断能力は十分に備えているものの、将来的に認知症などを患ってしまった場合のために予め後見人を選んでおく制度です。

遺産分割協議に際して後見人を選ぶ場合は、当然、法定後見制度になります。

法定後見制度には本人の判断能力に応じて、以下の3種類の類型があり、どの類型が適切かは医師の診断に応じて決まります。

  • 補助類型:判断能力が不十分で、重要な手続きを一人で行うことに不安がある人が対象
  • 保佐類型:判断能力が著しく不十分で、重要な手続きを一人で行うのは難しい人が対象
  • 後見類型:判断能力が欠如し、重要な手続きを一人で行うことは不可能に近い人が対象

 

4.既に親族の後見人が付いている場合は特別代理人を選任

相続が発生する以前から、認知症の人に後見人が付いていることもあるでしょう。

親族が後見人になっていて、後見人となっている親族も相続人である場合は、遺産分割協議の際には後見人として参加することはできません。認知症の人とその後見人は共に相続人であり、利益相反の関係となってしまうためです。
このような場合は、遺産分割協議のためだけに、新たに特別代理人を選任する必要があります。

特別代理人の選任を行うのは、成年後見人の選任と同じく家庭裁判所です。特別代理人には、相続人ではない親族か、適当な人がいない場合は弁護士や司法書士などの専門家が選任されることになります。

 

5.法定相続分通りなら問題ないがデメリットも

法定相続分通りに遺産分割する場合、遺産分割協議を行う必要はないので、認知症の人がいても問題ありません。 しかし、相続財産の総額が大きく多額の相続税が発生しそうな場合や、相続財産の中に不動産が含まれる場合は、法定相続分通りの分割では損をしたり不便なことが起きたりする可能性があるでしょう。

相続財産の総額が大きい場合、通常であれば配偶者控除や小規模宅地の特例など、さまざまな控除制度を利用しながら、相続税の支払いを抑えられるように遺産分割することもできますが、法定相続分通りの分割ではそれができません。上手く遺産分割できれば節税できた分を支払わねばならないこともあるでしょう。
また、相続財産に不動産がある場合、遺産分割なら相続人のうちの誰か一人に単独で相続させることもできますが、法定相続分通りに分割するのであれば、共有するしかありません。売却して処分しようにも共有者全員の合意が必要となるため、結局成年後見人を選任するしかなくなります。

法定相続分通りの遺産分割が適しているのは、相続財産に不動産が含まれておらず、相続税申告の必要がない場合などに限られるでしょう。

 

6.場合によっては先延ばしにするという選択も

認知症の相続人がかなりの高齢であり、そう遠くない将来に次の相続が発生する可能性があり、相続財産を今すぐ換価する必要がなく、預金が凍結したままでも問題ない場合、相続手続きを先延ばしにすることを検討してもよいでしょう。

例えば、被相続人が父親であり、相続人が認知症の母親とその子である場合を考えてみましょう。この場合、認知症の母親が亡くなって被相続人となった時に、父親の相続における相続人としての地位も子が相続することになります。そのため、認知症の母親が亡くなった時に併せて相続手続きをすれば、一度に手続きを済ませることができます。

 

法定後見制度を利用するデメリット

認知症の相続人がいて、遺産分割協議をする場合、法定後見制度を利用するのが一般的な方法です。しかし、法定後見制度にはデメリットもあるので、それらを把握した上で本当に利用すべきかどうかを判断するのが望ましいといえるでしょう。

法定後見制度の利用を検討する際に知っておくべきデメリットについて説明します。

 

1.利用すると一生涯費用がかかる

弁護士や司法書士など親族以外の人が成年後見人となる場合、被後見人が亡くなるまでの一生涯、後見人報酬を支払う必要があります。

報酬の相場は1ヵ月あたり2~6万円ほどですが、後見人への支払いは1年に1度なので1回あたり20~70万円近くの費用が必要となるでしょう。これが被後見人の一生涯続くわけですから、合計するとかなりの金額を支払うことになります。 金銭面に不安がある場合は、慎重に検討した方がよいでしょう。利用すべきか迷う場合は、専門家に相談することをおすすめします。

 

2.親族が成年後見人に選ばれる可能性は低い

成年後見人に親族が選ばれた場合は、後見人報酬を支払う必要がありません。費用のことを心配する必要がなくなるので、大変利用しやすくなるでしょう。

しかし、親族が後見人に選任される可能性は非常に低いのが実情です。最高裁判所事務総局家庭局が発表している「成年後見関係事件の概況」(令和3年1月~12月分)によると、令和3年中に親族が成年後見に選ばれた事例は全体のわずか19.8%に過ぎず、弁護士や司法書士など親族以外の専門家が選任されるケースが約8割を占めています。
親族が選任される可能性が全くないわけではありませんが、簡単に選任されることはないと考えておいた方がよいでしょう。

後見人報酬の支払いが心配ではあるものの、他に選択肢がなく成年後見人制度を利用せざるをえない場合は、専門家に相談しながら申し立てることにより、親族が選任される可能性が高まるかもしれません。

参考URL:成年後見関係事件の概況(令和3年1月~12月)

 

3.遺産分割協議が親族の希望通りに進まないことも

後見人が選任された場合、希望通りに遺産分割協議が進まない可能性があります。特に、認知症の相続人の取り分を少なくして他の相続人の相続分を多くするなど、被後見人が損をするような分割内容では、まず成立させてもらえないでしょう。
というのも、成年後見人の主な役割は被後見人の権利や財産を保護することであるためです。後見人制度を利用した場合、遺産分割協議が他の相続人の思い通りに決まるとは限らないという点にも留意しておきましょう。

 

成年後見の申立方法

実際に成年後見制度を利用する場合の申立方法について説明します。

 

1.申立先と申立をできる人

成年後見の申立ては、被後見人となる人の住所を管轄する家庭裁判所に対して行います。具体的な管轄裁判所は下記のページで調べることができます。

参考URL:裁判所の管轄区域(裁判所公式サイト)

成年後見の申立てをできるのは以下に該当する人です。

  • 本人
  • 配偶者
  • 4親等内の親族
  • 市区町村長

 

2.申立手順

申立てを行うためには必要書類を準備する必要があります。

必要書類は以下のとおりです。

  • 後見開始申立書
  • 申立事情説明書
  • 親族関係図
  • 財産目録
  • 収支状況報告書
  • 後見人等候補者事情説明書
  • 親族の同意書
  • 財産目録に記載の財産に関する資料
  • 本人および後見人候補者の戸籍謄本
  • 本人および後見人候補者の住民票
  • 後見登記されていないことの証明書
  • 診断書

申立書は、下記のページからダウンロードできます。

参考URL:後見開始の申立書(裁判所公式サイト)

 

「後見登記されていないことの証明書」は東京法務局で発行されているものです。全国の法務局の窓口から申請するか、郵送で申請することで取得できます。

参考URL:登記されていないことの証明申請(法務省公式サイト)

また、申立てには以下の費用が必要です。

  • 収入印紙:800円分
  • 登記用収入印紙:2600円分
  • 郵便切手:3990円分(内訳:500円×2枚、100円×15枚、84円×10枚、63円×5枚、20円×10枚、10円×10枚、5円×5枚、1円×10枚)
  • 鑑定料相当額:10万円程度
    鑑定費用は、鑑定が行われる場合にのみ必要です。申立ての際に納付する必要はなく、鑑定が行われる場合に、裁判所から指示された後に納付することになります。

 

まとめ

今回は、相続人に認知症の人がいる場合の対処法、法定後見制度を利用するデメリット、成年後見の申立方法などについて解説しました。

認知症の相続人がいる場合の適切な対処法は、個々の状況などによって異なります。成年後見制度を利用するのが一般的な方法ですが、デメリットも大きいため、慎重に検討しましょう。どのように対処すべきか迷う場合は、遺産相続に精通した法律の専門家に相談することをおすすめします。